「景気が悪いのに利上げ?」を読み解く――あり得ない日銀の「のりしろ」論

あえて不況下で金利を上げる――日銀「のりしろ論」の罠に、私たちの未来はどう翻弄されるのか。
金子洋一 2025.06.06
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日銀「のりしろ論」の逆走正当化

 景気が後退し始めたときに中央銀行が金利を引き上げる――一般の目には“逆走”に映る政策が、なぜ日本銀行で繰り返されるのか。そのカギは、非伝統的政策(量的緩和やマイナス金利)の副作用を恐れ、「将来の金利引き下げ余地=糊代(のりしろ)をなにがなんでも確保したい」という発想にある。日銀が 2024 年12 月に公表した『金融政策の多角的レビュー』https://www.boj.or.jp/mopo/outline/bpreview/index.htm は、日銀官僚の自己弁護の書であり、まさに逆走の正当化を満天下に打ち出した文書だ。

「多角的レビュー」に見る2%インフレ目標の解釈

レビューの「2.先行きの金融政策運営への含意」の「(2)2%の「物価安定の目標」」のセクションでは、「非伝統的金融政策の効果には限界がある以上、景気悪化や物価下落のリスクに備えて金利の引き下げ余地を残しておくことが必要だ。そのためには、平均的なインフレ率を2%程度のプラスに保っておくことが望ましい」とされている。これはマクロ経済運営の観点から2%のインフレ目標を維持することとは似て非なる観点だ。こうしたロジックで、日銀官僚はアベノミクスの共同声明(アコード)で課せられた2%のインフレ目標を相対化、あわよくば無効化しようとしているのだろう。また、「非伝統的政策は伝統的な金利政策の完全な代替にはなり得ない」と、金利の上げ下げに依存する伝統的な金融政策に軍配を上げたうえで、「ゼロ金利制約に直面しないような政策運営が望ましい」との記述も見られる。

ゼロ金利制約に直面しないようにすることと、いざというときの非伝統的金融政策を採用しないことでは意味が大きく異なるのだが、その点に対する反省はないようであり、日銀内の政策論議が最新の経済情勢を踏まえない旧態依然としたものであることが垣間見ることができる。

このように、日銀は「糊代」の確保を今後の金融政策運営の重要な論点として明示的に位置づけており、「金融政策の多角的レビュー」はその好例となっている。なお、「のりしろ」、「糊代」という言葉自体は、外部からの批判を恐れてのことか、レビューの中には出てこない

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2000年:ゼロ金利解除の早すぎた“正常化”

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  • 糊代論とは何か――二つの顔
  • 2024–25 年の「正常化」利上げ――副作用是正と再帰する糊代論
  • 官僚制度としてのメカニズム
  • 株式投資家への教訓
  • 結び――“余地のための利上げ”は余地を狭める

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